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未来予報 20XX

03

ジャーナリスト・評論家 佐々木俊尚さんメディアのコミュニティ化と
非言語コミュニケーションで、
“より分かり合える時代”が
到来します。

テクノロジーやコミュニケーションをテーマに執筆活動を積極的に展開している佐々木俊尚さん。そんな佐々木さんに「コミュニケーションの未来」というテーマでお話しを伺いました。日々の膨大な情報収集をもとに語っていただいた未来予報は、非常に具体的でリアリティのあるものでした。

1961年12月5日、兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科中退後、1988年に毎日新聞社に入社。警視庁捜査一課、遊軍などを担当し、殺人事件や海外テロ、コンピュータ犯罪などを取材する。1999年、株式会社アスキー(当時)に移籍。『月刊アスキー』編集部などを経て2003年退社。現在はフリーランスのジャーナリストとして活動する。『電子書籍の衝撃 -本はいかに崩壊し、いかに復活するか?』で、情報・通信分野に関する優れた図書を表彰する大川出版賞(2010年度)を受賞。

メディアは “文化圏”になります

1982年に日本公開された、2019年が舞台の『ブレードランナー』というSF映画があるのですが、その映画では主人公は公衆電話で電話をしているんです。当時、コミュニケーションは誰かとしゃべるという、一対一という概念しかありませんでした。それがN対Nに変化したのは、80年代後半に登場したパソコン通信からでした。いまやSNSではN対Nが当たり前で、一対一ではなくグループメッセージが中心です。そのことによって、コミュニケーションとコミュニティが一体化している、というのがここに来て起きている大きな変動だと思います。

人間には、中間共同体といわれる、自分が属するアソシエーションなりコミュニティというものが必要なんです。「日本人である」というだけでは生きてはいけません。日本では企業に属することで中間共同体が維持されてきました。それが2000年代に入って非正規雇用の増加で崩壊し始め、みんながどこにつながって生きていけばいいのか、あてどもない感じになっています。そこで、コミュニティにどうやってもう一度、つながるか?というのが重要な問題として具現化しつつあります。20世紀までのコミュニティは、どちらかというと同調圧力を押し付ける、息苦しいものでしたが、21世紀に入ると求められるものへと変化しているのが興味深いところです。

インターネット分野の話をすると、これまでAmazonやGoogleはパーソナライズ、つまりいかに個人の好みに最適化するか?という方向性で進んできました。でも、ここ2年の間でパーソナライズではなくなりつつあり、誰かにサービスを送り届けても、そこに物語みたいなものが紡がれないと楽しくないよね、という方向にシフトしています。例えば、『Oisix(オイシックス)』という食材のECサイトが大切にしているのは、届けた食材がいかに家庭で話題になるか? ということ。つまり、個人ではなくて、個人の周辺にいる人たちに向かっているわけです。“個人最適化”ではなく、“仲間最適化”の方向に少しずつインターネットの潮流は変わりつつあると思います。

同じくメディアも、かつてはパーソナライズで「あなた向けの記事を配信します」ということをいってきました。しかし、記事が話題になって物語が語られるという目的から逆算すると、「あなた」に記事を届けるのではなくて、「あなた」の向こう側にいる人に向けて届けることが重要となってきています。例えば、鉄道マニアの「あなた」だけでなく、鉄道マニアの「あなたがた」のなかでコンテンツが盛り上がることがすごく大事なんです。このように、コミュニティ=文化圏に向けて記事を届けるという考え方に徐々に変わってきています。

最終的に、メディアはこの文化圏になると僕は考えています。いままで情報は配信するものだったけれど、メディアは最終的にそこに集まる人で文化圏をつくり、コミュニティを支えるものへと変わっていきます。将来のメディアはチャネルではなく、どちらかというと空間。そこに集まってきた人とファン同士の交流を図ったり、イベントをしたりすることで、コミュニケーションとメディアは一体化するといえます。

SNSとVRの融合で非言語コミュニケーションが生まれます

そうした新しいコミュニケーションの在り方を支えるテクノロジーのひとつとして注目しているのが、「ソーシャルVR」です。昨年、FacebookがVR用の製品を開発するOculus VR社を買収しましたが、SNSがVRを融合する流れはこれから加速していくはずです。最終的にはVR(仮想現実)じゃなくて、AR(拡張現実)だと思いますが、裸眼ではその人が誰と話しているのかわからない、という時代がいずれくるでしょう。これまでパソコンやスマートフォンを介さないとできなかったコミュニケーションが、より手軽に、よりリアルに利用できる、という未来がやってくると思います。

現状ではそれをしようとするとVRのマスクを被ってしゃべらないといけなくて、かなり変なのですが、いずれはメガネ型のARデバイスが登場し、その次はおそらくエンベッド(埋込み型)、例えばコンタクトレンズのような形状になるかもしれませんね。

VRを活用するのは、非言語的な情報がすごく大切だからです。言葉のやりとりだけで伝えられないことは人間にはたくさんあります。例えば、LINEのスタンプなどは、伝えたいことをうまく非言語化したものですよね。でも、人にはスタンプのような表層的な記号だけにとどまらない、裏側の感情というものがあります。そんな、揺れ動く感情まで伝えるとなると、テキストでは不可能で、やはりボディランゲージを含めた非言語情報が重要になります。そうして情報量が増えることでコミュニケーションにおける誤解や衝突は減り、人間同士がより分かり合える時代が来ると考えています。

ちなみに、炎上や中傷みたいな事件が起きる原因は、匿名か実名かという問題ではなく、プライベートとパブリックの境界がうまく認識されていないことが大きいです。つまり、本人には多くの人に読まれているという感覚はなく、言いたいことをボソッと言っているだけという認識。パブリックということを意識しないから、炎上や中傷になるんです。人間の意識は、テクノロジーほど簡単に変わるものでないということですね。

最後の課題は、私たちの意識のイノベーションです

この “人間の意識のイノベーション”というテーマは、実は大きな問題です。テクノロジーの進化は非常に速い一方、人の意識はなかなか変わりにくいものなので。例えば、ネットで不用意にプライバシーを公開しないようにと言われますが、これはじきに古い“常識”になると思います。

ここに、FacebookやTwitterでプロフィールを書いていない人と、しっかり書いている人がいるとします。あなたがコミュニケーションをとりたくなる相手は、どちらでしょうか? また、企業活動の対象としても、属性がはっきりしている人のほうが適切な情報を届けることができます。つまり、これからの社会で人間が行きていくうえでの保障は、肩書などではなく、自分自身の情報ということ。プライバシーをある程度露出した方が信頼性は担保されるという、逆説的なことが起きるわけです。

よくインターネットが浸透した社会を指して「監視社会」といわれますが、僕は「黙殺社会」だと思っています。監視されることのデメリットはそれほどないけれど、情報が届かない黙殺された状態が一番、怖いんです。それを考えるとおそらくこれから情報はどんどんオープンになっていかざるを得ないでしょう。近年Fintechのキーワードとして注目されているブロックチェーンなどは典型的で、取引情報を複数のデータベースで共有することで改ざんを防いでいます。情報のオープン化が信頼性の担保になっているわけです。

また、AIの浸透による影響も見逃せません。“アスピリンとみかんを食べた人は、癌にならない”というデータがあった場合、AIはそれぞれの論理的な関係を追求することはせず、結果のみを積み重ねていきます。一見、意味がわからない内容でも、実は非常に確度の高い指示だったりするのです。そうなると、人間の物事に対する感覚もそれに引きずられて大きく変わる可能性はあると思っています。相互作用で世の中が動いている時代になると、相互作用のなかでしか物事は起きなくなってくる。努力したら報われるというのではなくて、この瞬間、この空間の中で、どういう相互作用がおきるのかということを考えないと、世の中はうまく行かない。そうした意味で、いかに空間的なものの考え方をするかということが大切になると思います。

いろいろとお話させていただきましたが、私自身、未来がどうなるのかはっきりとしたビジョンが見えているわけではありません。仕事柄、日々膨大な情報に触れてはいますが、いつも“濃い霧が立ち込めた森”のなかを歩いている気分です。そこにぼんやりと輪郭が見えてきて、その後しだいにディティールが見えてくるという感覚です。ただし逆に言えば、目の前のことを注視していないと、未来に対処することはできません。VRやAIなどのテクノロジーの進化によって生まれる次世代のコミュニケーションしかり、個々人が属するコミュニティの中におけるフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションしかり、ネットとリアルを横断した多彩な経路で“いま”をしっかりと見つめることが、すべての起点となる気がします。

おまけ動画「私の未来予報キーワード」はこちら

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